大判例

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札幌地方裁判所 平成3年(ワ)1049号 判決

甲及び乙事件原告

荒谷良子

(以下「原告」という。)

右訴訟代理人弁護士

笹森学

佐藤哲之

郷路征記

内田信也

田中貴文

佐藤博文

石田明義

甲事件被告

(以下「被告」という。)

右代表者法務大臣

三ケ月章

右指定代理人

都築政則

高橋重敏

乙事件被告

乙山二郎

(以下「被告」という。)

右訴訟代理人弁護士

荒谷一衞

主文

一  被告らは各自、原告に対し、金一五〇万円及びこれに対する被告国については平成三年八月一七日から、被告乙山二郎については平成四年一一月二七日から支払済まで年五分の割合による各金員を支払え。

二  原告のその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、これを二分し、その一を原告の負担、その余を被告らの負担とする。

四  この判決は、原告勝訴の部分に限り仮に執行することができる。

ただし、被告国、被告乙山二郎がそれぞれ金一五〇万円の担保を供するときは、それぞれの仮執行を免れることができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  甲事件の請求の趣旨

「1 被告は、原告に対し、金三三一万円及びこれに対する平成三年八月一七日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。2 訴訟費用は被告の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言。

二  甲事件の請求の趣旨に対する答弁

「1 原告の請求を棄却する。2 訴訟費用は原告の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言がされる場合は担保を条件とする仮執行免脱の宣言。

三  乙事件の請求の趣旨

「1 被告は、原告に対し、金三三一万円及びこれに対する平成四年一一月二七日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。2 訴訟費用は被告の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言。

四  乙事件の請求の趣旨に対する答弁

「1 原告の請求を棄却する。2 訴訟費用は原告の負担とする。」との判決。

第二  当事者の主張

(甲事件)

一  請求の原因

1 当事者等

原告は、当庁平成二年(ケ)第一一四号不動産競売申立事件(以下「本件競売事件」という。)において、別紙物件目録記載の土地(以下「本件土地」という。)を競落した者である。

当庁によって執行官に任命された甲野太郎(以下「甲野執行官」という。)は、特別職の国家公務員であり、本件競売事件において、当庁からその職務として本件土地の現況調査を命じられた者である。

また、不動産鑑定士である乙事件被告乙山二郎(以下「被告乙山」という。)は、本件競売事件において、当庁から評価人に選任され、本件土地の評価を命じられた者である。

2 本件競売事件の経過等

(一) その概要

平成二年 四月一〇日 競売開始決定

同年 六月二一日 現況調査命令、評価命令

同年 八月 一日 評価書提出

同年 九月一七日 現況調査報告書提出

同年一〇月一一日 最低売却価格決定

同年一一月二二日 公告及び物件明細書等の写の備え置き開始

同年一二月一二日 原告入札

同年一二月二五日 売却許可決定

平成三年 一月 五日 売却許可決定確定

同年 一月一一日 代金納付

(二) 本件現況調査報告書の内容

甲野執行官は、平成二年九月一七日、本件土地についての現況調査報告書(以下「本件現況調査報告書」という。)を提出した。

本件現況調査報告書には、図面が四枚添付されているほか、写真が五葉添付されており、本件土地の形状について「別紙図面記載のとおり南側部分の丈部分平坦地で雑草・灌木が育成しているほか、北側部分は急斜面をもって道路に接する崖法部分である。」との記載がされている。また、その占有の状況について「…南側部分は未利用の状態で…北側崖法部分は、路上の高さ約八mの急傾斜をもって全面土止め用芝生が布設されて、頂上附近に二条の排水用U字溝が、道路に接する面に排水用U字溝がそれぞれ布設されている状態で」との記載がされている。さらに、「対象物件(1)土地の崖法部分の造成及び占有の状況」という報告部分の中で「2 矢田部義之の陳述の要旨」として「この工事は既に完了しています。」「3 7、8枚目の土地見取図及び添付写真②、③、⑤、⑥各参照」との記載がされている。

右の8枚目の「土地配置見取図(推定断面図)(3)」には、本判決別紙図面1表示のとおりの台形の土地の表示があり、同図面の表示では、奥行約一六メートルの本件土地の崖法部分は約四メートル、平坦部分は約一二メートルとなっている。

(三) 本件評価書の内容

被告乙山は、同年八月一日、本件土地についての評価書(以下「本件評価書」という。)を提出した。

本件評価書の「3 土地の状況」の項には、「ほぼ北側に幅員8mの完全舗装公道(都市計画法40条2項により札幌市に帰属した区画道)があり、間口11m00・奥行16m00の長方形地で、地勢は路面との間に7m〜8m程度の高低差をもって切土され路面より高く、北側の開発造成住宅地(本年2月頃造成終了に伴い分筆を完了した地権者89名による開発行為)の合筆・分筆図を合成した結果、本件地の前面(北側)がこの造成地の幅8mの区画道に接することが判断できると同時に、これら分筆図を合成した結果、本件地の北側約25%程度が道路より7m〜8m程高低差を生じた崖法部分と推定される。尚、この部分は市道都市計画部分であり、本件地が今後隣接地と合同で開発行為を行った場合は道路となる。又、本件地はかつて建築基準法の道路に接続しない原野であり、住宅建築は出来なかったが前面が開発され、道路が築造されて接続したことにより、法面が生じて利用可能部分が減少したが、反面法面を除き平坦部分についてさらに1mの後退をもって住宅建築が可能になったものであり、効用増加となった。」と記載されている。

(四) 本件現況調査報告書及び評価書に基づく最低売却価格の決定等

執行裁判所は、本件評価書等に基づいて本件土地の最低売却価格を一九六万円と定めたうえ、本件土地の売却実施を公告するとともに、物件明細書、本件現況調査報告書及び本件評価書の各写しを一般の閲覧に供した。

原告は、平成二年一二月初めころ、夫である荒谷吉近(以下「吉近」という。)に物件明細書等を閲覧させ、本件現況調査報告書及び本件評価書の記載や添付図面、写真から、本件土地の一部は崖法面であるが、その工事は終了しており、頂上部分は約一二メートルの平坦地であるので、若干の困難は伴うものの住宅建築に十分な有効地積が存在すると信じて、入札し、本件土地を買い受けた。

(五) 本件土地の客観的な現況

原告が、平成三年六月に測量を依頼したところ、本件土地の現況は本判決別紙図面2表示のとおりであり、本件現況調査報告書及び本件評価書の記載と著しく異なっていることが判明した。

すなわち、本件土地の東側の「三一八番六六」の土地に接する部分の断面は、奥行約一六メートルのうち崖法部分が約11.46メートルであり、平坦部分は約4.54メートルしかない。また、西側の「三一八番六八」に接する部分の断面は、奥行一六メートルのうち崖法部分は約12.66メートルであり、平坦部分は約3.34メートルしかない。

要するに、本件土地の現況は、ごくわずかの平坦部分しかない台形の土地であり、到底住宅建築が不可能なものである。

3 責任原因

(一) 執行官の過失

甲野執行官は、本件競売事件において、担当裁判官から本件土地の現況調査を命じられたのであるから、本件土地の現況及び形状等を正しく認識し、裁判所に報告する義務があった。

ところが、甲野執行官は、本件土地の南側頂上の平坦部分に境界石があって、雑草及び灌木等にわずかに踏み込めば容易に確認することができたのに、これを怠るなどして、本件土地の客観的な現況と異なる本件現況調査報告書を作成し報告した過失があった。

また、同執行官は、本件土地に臨み、その北側境界石及び崖法部分の存在等を確認していたから、比較的容易に崖法部分の奥行きの距離を計測することができたのに、これを怠るなどして、本件現況調査報告書を作成し報告した過失があった。

(二) 裁判官の過失

本件競売事件の担当裁判官は、甲野執行官から平成二年九月一七日に本件現況調査報告書の提出を受け、被告乙山から同年八月一日に本件評価書の提出を受けたのであるから、そのころ、甲野執行官及び被告乙山に対し、その内容の正確性についての確認をするべき義務があったのに、これを怠ってこれらを閲覧に供するなどして、手続を進めた過失があった。

(三) 甲事件被告国(以下「被告国」という。)の賠償義務

被告国は、国家賠償法一条一項に基づいて、国家公務員である甲野執行官及び担当裁判官の被告乙山との共同不法行為による原告の以下の損害を賠償する義務がある。

4 原告の損害

以上の経過によって、原告は、本件競売事件手続において、無価値な本件土地の競落人となって代金を納付するなどして、次の損害を受けた。

(一) 競落代金 二八〇万円

(二) 測量費用 一一万円

(三) 弁護士費用 四〇万円

5 よって、原告は、被告国に対し、国家賠償法一条一項に基づいて、国家公務員である甲野執行官及び担当裁判官の不法行為による損害の賠償として三三一万円及びこれに対する不法行為日の後である平成三年八月一七日から支払済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求の原因に対する認否

1 請求の原因1の事実は認める。

2 同2(一)ないし(三)の事実は認める。

3 同2(四)の第一段の事実は認める。同第二段の事実のうち、原告が本件土地を入札して買い受けたことは認め、その余は知らない。

4 同2(五)の事実のうち、第一段はおおむね認め、その余は争う。

5 同3(一)の事実のうち、甲野執行官が、本件土地の南側頂上の平坦部分の境界石を確認せず、本件土地の客観的な現況と異なる本件現況調査報告書を作成し報告したことは認め、その余は争う。

6 同3(二)の事実は争う。

7 同3(三)の主張のうち、本件競売事件の手続が違法であり、それが甲野執行官及び被告乙山の行為に起因することは争わないが、その余は争う。

8 同4の事実は争う。

三  被告国の主張及び抗弁

1 甲野執行官の過失について

(一) 現況調査において、執行官は、対象物件の所在、範囲をできる限り正確に特定する職務上の義務があるというべきであるが、その義務の程度は、迅速かつ経済的な民事執行の要請と、適正な売却価格の決定のための基礎資料収集及び競売参加者への情報提供という現況調査制度の目的を考慮し、具体的事案に応じて決定されるべきである。そのため、現況調査の手段、方法、程度等については、各事案ごとの現況把握の必要性の程度、入手可能な資料の範囲及び各資料の信頼性等を総合考慮したうえでの執行官の合理的な裁量により決定されるべきもので、執行官においてその裁量権を著しく誤ったときにはじめて注意義務違反の問題が生じるにすぎない。

(二) 甲野執行官は、平成二年六月二五日以降、法務局、南区役所、本件土地所在地の周辺、本件土地所有者の住所地、大林道路株式会社工事事務所等において必要な調査をし、同年七月一一日には、本件土地への立入調査を行い、巻尺による検尺を行った。

しかし、本件土地の北側道路から本件土地の南側の平坦部分は、約八メートルの高低差があり、しかも、当時、本件土地の南側部分は熊笹等が生い茂っており、南側境界を示す境界石が仮に存在していたとしてもそれを探し出すことは困難な状態であった。

このような場合、本件土地から東側に約六〇メートル離れた高低差のない土地である札幌市南区簾舞三一八番一六三付近から見通す方法により、本件土地の崖法部分の底辺の長さを推測するしかなかったから、この方法によったことは執行官の現況調査の方法として裁量の範囲内にあることは明らかである。

その結果、客観的に正しい現況を把握することができず、事後的・客観的に判断して、本件現況調査報告書の内容に誤りがあったとしても、同報告書添付の土地配置見取図は「推定断面図」である旨を明記してもいるのであるから、直ちに甲野執行官に過失があるということはできない。

2 担当裁判官の過失について

本件においては、本件現況調査報告書の内容と本件評価書の内容との間に明白に看取しうる程度の矛盾はなく、それぞれの記載にも一見して明白なほどの不自然さや誤りはなかったし、本件土地の登記簿等の記載にあらわれた内容によっても、担当裁判官が甲野執行官及び被告乙山に対し本件土地の現況ないし形状に関する事項について、その誤りや不自然な部分を是正させるべき特別の事情は存在しない。したがって、担当裁判官に過失はない。

3 裁判官の行為を原因とする国家賠償請求について

裁判官は、物件明細書の作成を含めて、ある事実関係を前提にして法律的判断を行うものである。したがって、裁判官の行為が違法といえるには、当該裁判官が違法または不当な目的をもって裁判をしたなど、裁判官がその付与された権限の趣旨に明らかに背いてこれを行使したものと認めうるような特別の事情があることを必要とする。本件における担当裁判官の行為には、その付与された権限の趣旨に明らかに背いてこれを行使したものと認めるような特別の事情はない。

4 執行手続内における救済手続の懈怠について

不動産の競売事件における執行裁判所の処分は、債権者の主張、登記簿の記載その他記録にあらわれた権利関係の外形に依拠して行われるものである。その結果、関係人間の実体的権利関係との不適合が生じることがありうるが、これについては執行手続の性質上、民事執行法に定める救済手続を求めることにより是正されることが予定されている。

現況調査の結果については、その現況調査を前提とする物件明細書の作成に対する執行異議(民事執行法一一条一項)、売却許可決定に対する執行抗告(同法七四条)、売却許可に対する意見陳述(同法七一条六号、七〇条)等により是正されることが予定されている。

したがって、執行裁判所自らその処分を是正すべき場合等特別の事情がある場合は格別、そうでない場合には権利者ないし利害関係を有する者が、この手続による救済を求めることを怠ったため損害が発生したとしても、その賠償を国に対して請求できない。

原告の夫である吉近は、本件土地を検分した際、本件土地の崖法部分の傾斜は自分が上れる程度のものであり、四五度に満たないと考えていたのであるから、現況調査報告書添付の推定断面図は明らかに吉近の認識と異なっていたことになり、吉近は推定断面図の誤りに気づいたはずである。したがって、原告は、本件土地の調査を依頼した吉近を通じて本件現況調査報告書における本件土地の形状の記載が現況と相違していることを認識することができたのである。にもかかわらず、原告は売却許可決定に対する執行抗告等の民事執行法上の救済手続を取ることを怠ったのであるから、被告国に対する国家賠償請求をすることはできない。

5 損害の発生及び損害額について

(一) 甲野執行官の行為による損害の不発生

本件土地の形状が本件現況調査報告書記載のとおりであることを前提に本件土地の価格を評価しても、客観的な本件土地の現況を前提に評価しても、以下に述べるとおり、本件土地の価格の試算値には何ら変わりがないのであるから、本件現況調査報告書の記載の誤りによって原告に何らかの損害が発生したとはいえない。

本件土地を現状の形状のまま保有又は利用することを前提とすると、その評価は、取引事例比較法によるのが相当であり、この場合は、本件土地の底面の面積と本件土地内に八メートルの高低差があることに変更がない限り、南側の平坦部分の面積の変更によっては、本件土地の価格の試算値は変わらない。

右の評価を控除法によって行った場合は、本件土地の南側の平坦部分の面積が変更されることによって本件土地の価格の試算値は変わるが、その程度は、一平方メートル当たり一万七四〇〇円が一万四七〇〇円に変更されるにすぎず、いずれにせよ、取引事例比較法による試算値を超える。

また、本件土地を含む一群の土地を全体として道路の高さまで深く切土する擁壁工事をした場合には、本件土地は現況を大きく変更されるのであるから、本件土地の南側の平坦部分の面積は本件土地の評価に全く影響しないのである。

(二) 相当因果関係の不存在

原告の依頼した本件土地の測量は、現況調査報告書の推定断面図と本件土地の現況との相違が問題となる以前に依頼してあったもので、転売の準備のためにされたものである。したがって、測量費用の支出は、甲野執行官の行為と相当因果関係がない。

四  被告国の主張及び抗弁に対する認否及び主張

1 被告国の主張及び抗弁3の主張は争う。

裁判官の行為を原因とする国家賠償請求のうち、本件のような不動産競売事件手続に関する場合は、被告国が同4で主張する「特別事情」が存在すれば、賠償請求が認容されると理解すべきである。

2 同4の事実のうち、原告が本件土地競売事件手続内において、救済手続を取らなかったことは認め、その余は争う。

原告の夫吉近が平成二年一二月一〇日ころ本件土地を訪れた際、本件土地周辺は雪に覆われていたので、本件土地の形状を認識することは不可能であったのであるから、原告が民事執行法上の救済手段を取らなかったことをもって「怠った」と評価することはできない。

3 損害について

原告に損害が存在しない旨の被告国の主張は、具体的数額を特定しない推論にすぎず、明らかに失当である。

なお、被告国が主張するように本件土地に切土工事等をするには、地権者組合を設立し、札幌市に宅地造成のための開発行為の許可申請を行い、許可を受けてはじめて工事を行いうるにすぎない。そして、本件土地周辺については既に開発行為が行われているので、今後再び開発行為が許可されることは事実上ありえない。仮に、単独造成やU字溝の移設が法的に可能であっても、単独造成が一般国民の行動様式として合理的かつ常識的なものではない。被告国の主張は、非現実的である。

本件土地を宅地として利用する場合には、擁壁工事を六九九万円の費用をかけて行う必要があるが、本件土地の工事後の価格は、予定道路部分の四四平方メートルを有効面積から控除し、有効面積を一三二平方メートルとして算定すべきなので、一平方メートル当たり四万六〇〇〇円であると仮に認めたとしても工事後の本件土地の価格は工事費用を下回る六〇七万二〇〇〇円にすぎないので、本件土地は無価値である。

五  原告の再抗弁(執行手続内における救済手続の懈怠に対し)

1 本件競売事件では競売が冬期に行われるのが明らかであったのであるから、担当裁判官は、評価人及び執行官に対し、少なくとも境界石の確認の有無を確認すべき特別の事情があった。

2 原告の夫による現地調査の際、雪が降り、また、本件土地は雪に覆われていた。当日の降雪量が多くはなかったとしても、執行異議等の民事執行法上の救済手続を申し立てられる期間内も積雪があったのであるから、原告には民事執行法上の救済手続を取らなかったことがやむを得ないと認めるべき特別の事情があったのであり、本件土地の買い受けの全責任を負担させることはできない。

六  再抗弁に対する認否

再抗弁事実は争う。

(乙事件)

一  請求の原因

1 当事者等

原告は、本件競売事件において、本件土地を競落した者である。

被告乙山は、本件競売事件において、当庁から評価人に選任され、本件土地の評価を命じられた者である。

2 本件競売事件の経過等

(一) その概要

甲事件の請求の原因2(一)と同じ。

(二) 本件評価書の内容

甲事件の請求の原因2(三)と同じ。

(三) 本件評価書に基づく最低売却価格の決定等

甲事件の請求の原因2(四)と同じ。

(四) 本件土地の客観的な現況

甲事件の請求の原因2(五)と同じ。

3 責任原因

(一) 被告乙山は、本件競売事件において、担当裁判官から本件土地の評価を命じられたのであるから、本件土地の現況及び形状等を正しく認識したうえ、それを前提に適正な時価額の評価を行い、その旨を裁判所に報告する義務があった。

ところが、被告乙山は、本件土地の南側頂上の平坦部分に境界石があって、雑草及び灌木等にわずかに踏み込めば容易に確認することができたのに、これを怠るなどして、本件土地の客観的な現況と異なる認識をし、そのため、本件土地がその形状及び起伏等からして過大な費用をかけなければ有効利用することができず、その経済的効用が無価値であるにもかかわらず、崖法部分についてもさも十分な経済的効用があるものとして、適正でない評価を行い、その旨記載のある本件評価書を作成して執行裁判所に提出した過失があった。

また、被告乙山は、本件土地に臨み、その北側境界石及び崖法部分の存在等を確認していたから、比較的容易に崖法部分の奥行きの距離を正確に計測することができたのに、これを怠り目測したに止まったため、本件土地の現況について認識を誤り、これに基づいて不適正な評価を行い、その旨の本件評価書を執行裁判所に提出した過失があった。

(二) 被告乙山は、民法七〇九条に基づいて、甲野執行官及び担当裁判官との共同不法行為者として、自らの違法行為による原告の前記(甲事件の請求の原因5)損害を賠償する義務がある。

4 原告の損害

甲事件の請求の原因5と同じ。

5 よって、原告は、被告乙山に対し、不法行為に基づき三三一万円及びこれに対する不法行為日の後である平成四年一一月二七日から支払済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求の原因に対する認否

1 請求の原因1の事実は認める。

2 同2(一)及び(二)の事実は認める。

3 同2(三)の事実は知らない。

4 同2(四)の事実は知らない。

5 同3ないし5の事実は争う。

三  被告乙山の主張

1 無過失

(一) 評価人の対象物件の現況調査は、評価人が評価をするのに必要な範囲における義務である。したがって、どの程度の調査確認方法を講ずるべきかは、評価人の裁量に属するもので、評価人が相当と認める方法で行えば足りる。

(二) 被告乙山は、本件土地の現地調査を三回実施し、三回目は甲野執行官とともに行った。その際、本件土地の所在、形状及び面積を登記簿及び公図等の表示と対比するためには、境界石の確認が特に重要なので、その調査確認から始めたところ、本件土地の北側道路に接する東西それぞれの角にある二つの境界石は容易に発見、確認することができた。

さらに、南東角と南西角の境界石を確認するため、被告乙山は、本件土地から六〇メートル程東にある札幌市南区簾舞三一八番一六三の土地から本件土地の頂上部付近までよじ上り、北側の二つの境界石からそれぞれ奥に一六メートル入った地点と思われる所に境界石が埋設されているか否かを種々探索したが、境界石を発見することはできなかった。

そこで、被告乙山は、前記三一八番一六三の土地の五つの境界標を確認し、南側の境界石が北側の境界石からそれぞれ奥行一六メートルの地点にあることを巻尺ないし歩測で確認し、そのことと、本件土地が造成地に隣接する一団の原野の中の一筆の土地であることから、三一八番一六三の土地の南側の境界線上に、本件土地の南側の境界線もあると推定した。

(三) 被告乙山は、本件土地の崖法部分の奥行を目測で測定したが、それは、土地家屋調査士のように空中点を測定できる機材を持っていないからである。

被告乙山の目測は、機材による測定に比べて決して正確とはいえないが、本件土地のような宅地見込地の評価においては、底面の面積及び高さが価格決定の重要な要素であり、頂上の平坦部分の面積は重要でないので、目測によったことによる評価の誤差はそれほど生じていない。

2 本件土地の価値

(一) 被告乙山は、周辺土地との開発造成を前提とした事例を含む取引事例比較法による価格を重視し、これに単独造成による控除法をあわせ考慮して本件土地の価格を評価した。

(二) 被告乙山は、本件土地が宅地見込地であるので、その利用方法としては、「①造成をしないで原野のまま販売する。②単独造成をする。③周辺の土地と一体として開発されるまで土地を保有する。④周辺の土地と一体で造成する業者に売る。⑤周辺の土地の所有者と一緒に宅地造成する。」という場合を想定した。

(三) 取引事例比較法で取り上げた事例は次の通りである。

(1) 藤野四八二番八ほかの傾斜度一〇度程度の市街化調整区域の山林で、取引価格が平米当たり四五三七円であるところ、試算値を一万一八〇〇円とする。(二)①③の利用例である。

(2) 藤野一〇一二番六〇ほかの傾斜度八度の市街化調整区域の原野で、取引価格が平米当たり一万二六二六円であるところ、試算値を一万三一〇〇円とする。(二)①③の利用例である。

(3) 中の沢一〇七九番三ほかの傾斜度七度の市街化区域の原野で、取引価格が平米当たり一万二一二〇円であるところ、試算値を一万三〇〇〇円とする。(二)④⑤の利用例である。

(四) 控除法については(二)②の単独造成のみを検討した。

(五) 本件土地の評価は、市街化調整区域の山林の事例よりは高く、市街化区域の原野の事例よりは低い価格である一九六万円(一平方メートル当たり一万一一三六円)と決定した。

第三  証拠〈省略〉

理由

一当事者等

甲及び乙両事件の当事者等に関する事実(両事件の各請求の原因1)は当事者間に争いがない。

二本件競売事件の経過等

1  争いのない事実

本件競売事件の概要及び本件評価書の内容に関する事実(甲事件請求の原因2(一)及び(三)、乙事件請求の原因2(一)及び(二))は、全当事者間に争いがない。

また、本件現況調査報告書の内容(甲事件請求の原因2(二))、同事件の請求の原因2(四)の事実のうち、第一段及び原告が本件土地について入札をし、買い受けたこと、本件土地の客観的な現況が、おおむね同事件の請求の原因2(五)のとおりであることは、甲事件当事者間に争いがない。

2  本件競売事件の経過

全当事者間に争いのない事実及び〈書証番号略〉及び弁論の全趣旨を総合すると、次の事実が認められる。

(一)  原告は、夫吉近が代表取締役をしている有限会社トーホー商事の取締役として、同社の不動産の売買・賃貸・管理及びその仲介等に関与し、同社の経営に携わっている。

(二)  本件競売事件の執行裁判所は、平成二年四月一〇日、本件土地の競売開始決定をし、同年六月二一日、甲野執行官に現況調査命令、被告乙山に評価命令を出した。それを受けて執行裁判所に対し、被告乙山は同年八月一日本件評価書を提出し、甲野執行官は同年九月一七日本件現況調査報告書を提出した。

(三)  本件現況調査報告書の内容は、甲事件の請求の原因2(二)の第二段のとおりである。

(四)  本件評価書の内容は、甲事件の請求の原因2(三)の第二段のとおりである。

(五)  執行裁判所は、平成二年一〇月一一日、本件評価書の評価に基づいて本件土地の最低売却価格を一九六万円と定めたうえ、同年一一月二二日、本件土地の売却実施を公告するとともに、物件明細書、本件現況調査報告書及び本件評価書の各写しを一般の閲覧に供した。

(六)  原告は、北海道新聞の競売公示の広告で本件土地が競売に出ていることを知り、本件土地を競売で購入しようと考え、平成二年一二月四日、夫吉近に本件土地の物件明細書を閲覧させ、物件の資料をコピーさせた。

(七)  原告は、執行裁判所からの資料を検討し、本件現況調査報告書及び評価書の記載や添付図面、写真から、本件土地が簾舞の団地内にあって、その北側は八メートル幅の市道に接していることを知り、また、本件土地の崖法面の工事は終了しており、頂上部分は奥行一二メートルの平坦地であるので、法面部分に急な階段を付ける必要があるという若干の困難は伴うものの住宅建築に十分な平坦部分の面積があると判断した。

そこで、同月一〇日ころ、原告は夫吉近に本件土地の現地調査をさせた。吉近は、本件土地の付近に赴き、本件土地の北側の境界石を確認したり、目測によって、本件土地の崖法部分の傾斜角度が四五度に満たない程度のものであると漠然とは認識したが、雪が覆っていたので、その法面上に上がらず、南側の空き地から本件土地を眺め、頂上の平坦部分を確認し、結局執行裁判所の資料に対する疑念を持つには至らなかった。

(八)  原告の夫吉近は、入札当時、一般的に札幌市近郊においても不動産の価格が下落する傾向にあることを認識していたが、坪単価一一万円前後で本件土地を転売できると見込み、坪五万三〇〇〇円くらいの価格なら購入してよいと考えて、平成二年一二月一二日、原告の名義で入札価額二八〇万円で入札して落札した。同月二五日、売却許可決定がされ、平成三年一月五日、売却許可決定が確定し、同月一一日、代金を納付することによって本件土地を買い受けた。

以上の事実が認められ、この認定に反する証拠はない。

3  本件土地の客観的な現況

〈書証番号略〉並びに弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

(一)  本件土地の位置及び付近の状況

本件土地は、当庁から定山溪方面に車で約四五分ほど行った札幌市南区簾舞三一八番地に所在し、その付近は、最近造成工事が完了した新興住宅街で、平成三年一〇月三〇日(当裁判所による検証日)において、所々に家が建っている状態であった。

(二)  本件土地の隣接地との関係及び境界付近の状況等

本件土地は、面積約一七六平方メートルの土地であり、別紙現況図表示のA、B、C、D、Aの各点を順次直線で結んで囲まれる部分である。北側の約一一メートルの境界線(別紙現況図表示のA、Bを結ぶ線分)で札幌市南区簾舞三二三番一の道路と、東側の約一六メートルの境界線(別紙現況図表示のB、Cを結ぶ線分)で同三一八番六六の土地と、西側の約一六メートルの境界線(別紙現況図表示のD、Aを結ぶ線分)で同三一八番六八の土地と、南側の約一一メートルの境界線(別紙現況図表示のD、Aを結ぶ線分)で同三一八番七四の土地とそれぞれ接している。

このA、B、C、D各点には、平成三年一〇月三〇日において、コンクリート製の境界石が存在し、C、D各点の境界石それぞれの南側には木製の境界点表示柱が立っていた。また、D点の東側には、抜かれたコンクリート製の境界石が放置されていた。

本件土地とその周辺の土地の位置関係は、別紙現況図表示のとおりである。同図表示のイ点(三一八番六八と三一八番六九との南側境界点)、同ロ点(三一八番六六と三一八番六五との南側境界点)、ハ点(三一八番六五と三一八番六四との南側境界点)、ニ点(三一八番六四と三一八番六三との南側境界点)、ヘ点(三一八番七四とその南側の道路予定地との境界点)にはそれぞれ九センチメートル角のコンクリート製の境界石が埋設されている。ホ点(三一八番七四とその南側の道路予定地との境界点)には一一センチメートル角の境界石が埋設されていた。

本件土地上には、東西に延びる三本のU字溝が設置されている。そのうちの一本は、北側の境界線の少し南にあり、東西の両隣接地に及んでいる。もう一本は北側の境界線から南に八メートル余の所にあって、本件土地の西側の境界線をはさんで、本件土地と西側の隣接地にかかっている。最も南にあるものは、北側の境界線から一〇メートル余から一一メートル余にかけてやや斜めになって東西の隣接地に及んでいる。

本件土地の南側境界線付近は、平成三年一〇月三〇日には、熊笹が刈られて枯れている状態で、東西の各境界石も容易に確認できる状況であったが、原告に本件土地の測量を依頼された山田測量士が同年六月一〇日ころに熊笹を刈る前は、熊笹が生い茂っていた。本件土地のD点の境界石は、人が一人歩ける程度の南北に通る獣道の上にある。平成三年一〇月三〇日には、別紙現況図表示のイ、ロ、ハ、ニ、ホ、ヘの各点付近及びホ点からD点にかけては、熊笹が刈られて枯れている状態であった。

被告乙山及び甲野執行官が本件土地の現地調査に訪れた平成二年七月一一日には、これらの熊笹が生い茂っており、南側境界線の境界石を確認するのは困難な状態であった。

(三)  本件土地の形状

本件土地は、奥行(南北の距離)が約16.00メートル(東西は本件土地の南側で約11.00メートルある。)であり、別紙現況図表示のA、D線における断面は、別紙断面図1表示のとおりである。その平坦部分の奥行は、最も南側にあるU字溝部分を含めて約4.51メートル、その余の崖法部分約11.49メートル(高低差約7.47メートル)である。

別紙現況図表示のA、D線とB、C線の中間線における断面は、別紙断面図2表示のとおりである。その平坦部分の奥行は同じく約5.03メートル、崖法部分約10.9メートル(高低差約7.16メートル)である。

別紙現況図表示のB、C線における断面は、別紙断面図3表示のとおりである。その平坦部分の奥行は同じく約5.58メートル、崖法部分約10.42メートル(高低差約6.88メートル)である。

本件土地の北側の平坦地部分の面積は、最も南側にあるU字溝部分を含めて約55.759平方メートルである。以上の事実が認められ、この認定に反する証拠はない。

三甲野執行官の過失及び被告国の責任原因

1  現況調査の経過及び内容

〈書証番号略〉によると、次の事実が認められる。

(一)  甲野執行官は、平成二年六月二五日、札幌法務局月寒出張所で公図を、同月二六日、札幌市南区役所で地番図をそれぞれ閲覧し、同月二七日、物件所在地周辺を調査し、同月二八日、札幌法務局本庁で登記簿謄本の交付を受け、同年七月一一日、本件土地の立ち入り調査、写真撮影調査を行った。

また、同年八月六日、札幌市宅地課係官小石の事情聴取をし、本件土地の崖法部分の造成は札幌市道都市計画として開発を許可したもので将来道路用地として利用予定であるとの陳述を得た。

さらに、同年九月一〇日、大林道路株式会社札幌総合工事事務所事務主任矢田部義之から事情聴取をし、本件土地の崖法部分の工事(北側の宅地造成に伴う雨水法面保護用U字溝の布設)が既に完成しているとの陳述を得た。

(二)  甲野執行官は、平成二年七月一一日、評価人である被告乙山とともに、本件土地に来て、現地調査を行った。甲野執行官は、まず、本件土地と北側の市道との境界石を確認した。それから、本件土地の法面の上に上がり、南側の境界を確認しようとしたが、熊笹が生い茂っていたために本件土地の南西角と南東角の境界石を確認するに至らなかった。そこで、本件土地から東側に約五二メートル離れた札幌市南区簾舞三一八番一六三付近から見通す方法により、本件土地の北側の法部分の底辺の長さを約四メートル、法面の高さを約八メートル、南側の平坦部分の底辺の長さを約一二メートルと目測した。

(三)  執行官甲野は、以上の調査の経過及び結果を含め、本件現況調査報告書に前記2(三)で認定したとおりの記載をした。

以上の事実が認められ、この認定に反する証拠はない。

2  甲野執行官の過失

(一)  執行官は、現況調査において、対象物件の所在、範囲、形状をできる限り正確に特定する職務上の義務があり、その調査方法の選択においては、ある程度の裁量が許されるが、具体的事案に応じて決定されるべき裁量の範囲を超えるときは、調査を違法とするほかない。

また、執行官がその裁量の範囲にあると認められる現況調査の方法によっても、対象物件の客観的に正しい現況を把握することができなかった場合は、現況調査報告書にその旨明記して執行裁判所に報告すべき義務がある。

(二)  これを本件についてみると、先に認定した事実によると、甲野執行官が本件土地の現地調査に訪れた平成二年七月一一日ころ、本件土地には、熊笹が生い茂っていたため、甲野執行官は南西角と南東角の境界石を確認することができなかったのであるから、本件土地から東側に約五二メートル離れた札幌市南区簾舞三一八番一六三付近から見通す方法により、本件土地の北側の法部分の底辺の長さ、南側の平坦部分の底辺の長さを計測したことは、執行官の現況調査の一方法として一応裁量の範囲にあると認められる。

しかし、甲野執行官は、目測で本件土地の形状を把握するのに加えて、少なくとも崖法部分の傾斜角度及び底辺の長さについて、簡易な測定方法を併用するべきであった。すなわち、前記認定の本件土地の形状、境界付近の状況等からすると、例えば、本件土地の北側境界線付近において、地面に垂直に棒を立て、その棒の上の先端からその棒に垂直に本件土地の傾斜面に向けて棒を突き出し、その距離を測定するべきであった。そうすれば、頂上の平坦部まで及び棒の各高さが判明していたのであるから、比例計算をすれば容易に崖法部分の底辺の長さを概算することができたのである。また、分度器等の計測器具がなくとも、いろいろな三角形の特質を利用して、手持ちの紙片等を活用して容易に六〇度、四五度、三〇度の各角度を作ることができるから、これらを用いて本件土地の崖法部分の傾斜角度を概測すべきであった。

右のような簡易な測定方法を併用することによって、特殊な計器・器具等がなくとも、本件土地の崖法部分の傾斜角度及び底辺の長さの概数を容易に認識することができたはずである。それにもかかわらず、甲野執行官は、本件土地の崖法部分の傾斜角度及び底辺の長さの測定を漫然と目測のみで行い、右の角度及び長さについて、前記認定のとおり、客観的な現況とかなり違った認識を持ち、その旨本件現況調査報告書に記載した過失があったといわざるをえない。

そのうえ、甲野執行官は、このように、本件土地の形状の把握がきわめて不正確であったから、その旨現況報告書に明記すべきであったのにこれを怠った過失もあったというほかない(甲野執行官が、本件現況調査報告書添付の図面には「推定断面図」である旨記載したことも、右の認定判断を動かすには足りない。)。

3  被告国の責任原因

甲野執行官が当庁によって執行官に任命された特別職の国家公務員であり、本件競売事件において当庁からその職務として本件土地の現況調査報告を命ぜられたことは、甲事件当事者間で争いがなく、甲野執行官がその職務を行うについて、違法な行為を行ったことはこれまでの説示によって明らかである。

したがって、被告国は、国家賠償法一条一項に基づいて、甲野執行官が原告に与えた後記損害を賠償すべき義務がある。

四担当裁判官の過失

1  担当裁判官が甲野執行官や評価人である被告乙山に本件土地の境界石の位置を確認しなかったことは、甲事件当事者に争いがない。

2  しかし、既に認定した本件現況報告書及び評価書の各記載及び〈書証番号略〉によれば、本件土地の崖法部分及び平坦部分についての記載において、本件現況報告書と本件評価書との間に明白な矛盾等はないし、かえって、本件評価書が本件土地の北側約二五パーセントが七ないし八メートル程の高低差のある崖法部分であると推定される旨の記載をしている点が、本件現況調査報告書添付の推定断面図が本件土地の南北の奥行約一六メートルのうち北側の約四メートルを崖法部分とし、その高さを約八メートルとしていることとよく符合しており、本件土地の形状が極めて類似した内容になっていることが認められる。また、それぞれの記載自体からも明白な不自然さも認められない。

右に述べた点のほか、競売事件の担当裁判官は、一般的に、裁判官の執行官に対する現況調査命令に応じて現況調査報告書が提出され、同じく評価人に対する評価命令に応じて評価書が提出されるのであるから、これが正確・誤謬のない内容のものと判断するのが当然であって、原告が主張するような、本件競売手続が冬期間にかかるとの程度のことで、その内容に疑義を持って執行官等に確認すべき義務があるとは到底いえない。

他に、本件において、担当裁判官に注意義務違反があったと認めるに足りる証拠はない。

五被告乙山の過失及び責任原因

1  事実調査及び評価の内容及び経過

〈書証番号略〉によれば、次の事実が認められる。

(一) 評価人である被告乙山は、平成二年七月一一日、甲野執行官とともに本件土地に来て、現地調査を行い、前記三1(二)のとおり、本件土地の北側の崖法部分の底辺の長さ等を目測した。

(二) 被告乙山は、以上の調査により、本件評価書に前記二2(四)のとおりの記載をした。

(三)  被告乙山は本件土地を宅地見込地であると判断したうえ、本件土地の周辺造成分譲地の取引事例価格水準が平米当たり三万一六〇二円から三万九三二七円、宅地見込地・原野は四五三七円から一万二六二六円、地価公示価格は三万五五〇〇円であるところから、本件土地を平米当たり一万三九〇〇円と査定した。

本件土地は一七六平方メートルあるので、二四四万六〇〇〇円を試算価格とした。そして、試算価格についてさらに検討し、道路より八メートル程高く、住宅建築にやや障害があるので市場性はやや低いと判断し、二〇パーセントの市場減価をし、一九六万円と決定した。

以上の事実が認めらる。

ところで、〈書証番号略〉(報告書)には、被告乙山が本件土地を評価するにあたって、取引事例比較法のみならず、造成後の宅地価格から造成費用等を控除して求める手法(控除法)をも用いたかのような記載があり、それに沿った〈書証番号略〉もある。しかし、前掲〈書証番号略〉(評価書)には取引事例法によって評価した過程しか記載されておらず、控除法の前提となる造成後の宅地価格や造成費についての記載もなく、控除法による検討をしたとは全く窺われない。すなわち、控除法による検討もしたとの趣旨の右各証拠は、〈書証番号略〉に照らして、信用することはできず、他に右の認定を覆すに足りる証拠はない。

2  被告乙山の過失

(一)  不動産競売事件において、評価を命じられた評価人は、評価の参考になる諸要因について充実した調査を行って的確な資料を収集し、これによって、適正な評価額を算出するとともに、競売参加者が対象物件の適正な価格を判断する参考とすべく評価書にできる限り正確な記載をすべき職務上の義務があるというべきである。その調査及び評価方法の選択においては、ある程度の裁量が許されるが、執行官と比較して、より正確な資料を求められるところから、その裁量の範囲は狭く、具体的事案に応じて決定されるべき裁量の範囲を超えるときは、評価を違法とするほかない。

また、評価人がその裁量の範囲にあると認められる調査及び評価の方法によっても、対象物件の客観的に正しい現況を把握することができなかった場合は、評価書にその旨明記して執行裁判所に評価内容を報告すべき義務がある。

(二)  これを本件についてみると、先に認定した事実によると、被告乙山は、本件土地の現地調査に赴いた際、熊笹が生い茂っていたために、本件土地の南西角と南東角の境界石を確認することができず、甲野執行官と同様の目測によって、その北側の崖法部分の底辺の長さ及び南側の平坦部分の底辺の長さを推測するという調査方法をとったこと、本件土地の頂上の平坦部分の面積は、平坦部分の面積を拡張する工事をせずに建物を建てられるか否かに関わる点であるから、本件土地を宅地見込地として評価する以上、評価についての重要な要素であり、現に被告乙山も本件評価書の「評価額決定の理由3. 土地の状況」の欄に、「…、道路が築造されて接続したことにより、法面が生じて利用可能部分が減少したが、反面法面を除き平坦部分についてさらに1mの後退をもって住宅建築が可能となったものであり、効用増加となった」と記載していることが認められる。

してみると、本件において、本件土地の頂上の平坦部分の面積如何は、現状のままで建物の建築が可能かどうかを決めるもので、これが評価額に直接影響を与えるものと認めるべきであるから、評価人である被告乙山においては、先に甲野執行官について述べた方法以上に正確な器具、機器を用いて測定すべき義務があったというほかない。

にもかかわらず、被告乙山は、甲野執行官とともに、本件土地の崖法部分の傾斜角度及び底辺の長さの測定を漫然と目測のみで行い、右の角度及び長さについて、前記認定のとおり、客観的な現況とかなり違った認識を持ち、これに基づいて本件土地の評価を行い、その旨本件評価書に記載した過失があったと言わざるをえない。

そのうえ、被告乙山は、このように、本件土地の形状の把握がきわめて不正確であったから、その旨評価書に明記すべきであったのにこれを怠った過失もあった。

3  被告乙山の責任原因

右のとおりであるから、被告乙山は、民法七〇九条に基づいて、自らの違法行為によって原告に与えた後記損害を賠償すべき義務がある。

六救済手続の懈怠

1  原告が民事執行法上の救済手続による救済を求めなかったことは、甲事件当事者間に争いがない。

2 被告国が、主張及び抗弁3において主張するような事情のもとで、利害関係を有する者からの国家賠償請求が許されない場合がある(最高裁判所昭和五七年二月二三日判決)。

しかし、本件は、既に認定したとおり、執行裁判所が、競売の対象とした本件土地の形状について、現況調査を命じた執行官及び評価を命じた評価人が、調査の方法及び目測を誤り、客観的な現況とかなり違った認識を持ち、これを現況として執行裁判所に報告したり、また誤った形状を前提にして土地の時価の評価をし、これを適正な時価額と報告したため、これに基づいて執行裁判所が最低競売価格を決定するなどして手続を進めた結果、原告が本件土地の現況を報告書等に記載されたものと信じて入札して買い受けたというものである。

したがって、本件は、執行裁判所が、債権者の主張、登記簿の記載その他記録に現れた権利関係の外形に依拠して処分を行ったため、関係人間の実体的権利関係との不適合が生じた場合ではないことが明らかである。また、執行裁判所は、競売の対象とした物件の形状及び時価額等、入札を行おうとする者にとって必要な情報を正確に提供すべき立場にあり、それゆえ執行官及び評価人に専門的に現況調査及び評価を命じているのであるから、本件において、執行官及び評価人の誤った情報に基づいてした誤った最低売却価格の決定を是正するべき立場にあるのは、執行官及び評価人を含めた執行裁判所であるというほかない。

なるほど、先に認定したとおり、原告の夫である吉近は、本件土地の検分に赴いた際、本件土地の崖法部分の傾斜角度は四五度に満たない程度のものであることを漠然と認識してはいたが、これを過失相殺事由とするのは別論、これをもって執行裁判所の誤った処分の是正を怠ったとして、国家賠償法上の損害賠償請求権を封ずるのは、正当とは考えられない。

被告国の主張及び抗弁3の主張は採用できない。

七原告の損害

1  競売代金 一九六万円

(一)  原告が本件土地を競落して、代金二八〇万円を納付したことは、既に認定したとおりである(甲事件当事者間に争いがない。)。

(二) 先の二2(一)ないし(八)の認定事実によれば、甲野執行官による本件現況報告書及び被告乙山による本件評価書に基づいて担当裁判官によって一九六万円との最低売却価格が決定され、その後入札に付された結果、原告が入札価格二八〇万円で入札し、これを納付したものと認められるのが相当である。してみると、甲野執行官及び被告乙山の過失行為がなければ、原告が本件土地の競落により競売代金二八〇万円を出捐することもなかったというべきであるから、甲野執行官らの過失行為と原告の二八〇万円の支出との間には条件的な因果関係が認められ、金員の支払自体が損害というべきである。

しかし、原告の二八〇万円の支出のうち最低売却価格である一九六万円を超える八四万円については、裁判所における競売手続において最低売却価格の約1.5倍に相当する金額で入札・競落するのが通常であると認めるべき証拠はないから、これが甲野執行官及び被告乙山の過失行為と相当因果関係のある損害とは認め難い。

(三)  被告国は、本件土地の形状が本件現況調査報告書記載のとおりであることを前提に本件土地の価格を評価しても、客観的な本件土地の現況を前提に評価しても、本件土地の試算値には変わりはないから、本件現況調査報告書記載の誤りによって、原告に何らかの損害が生じたとはいえないと主張する。

しかし、本件において本件土地についての誤った形状を前提とする場合と客観的な現況を前提とする場合とで、本件土地の時価額が変わらないという主張自体、〈書証番号略〉の内容等に照らし、採用し難いうえ、右に認定したとおり、本件においては、原告の行った一九六万円の代金支出自体が損害と認められるのであるから、仮に本件土地が無価値でないとしても、原告に損害がないとはいえない。

いずれにしても、被告国の右主張は、採用しえない。

2  測量費用

〈書証番号略〉並びに弁論の全趣旨によれば、原告は、本件土地を取得した後、その測量を土地家屋調査士山田祥純に依頼したこと、平成三年六月に同人によって本件土地の測量が行われて縮尺五〇〇分の一の実測図、一〇〇分の一の平面図及び一〇〇分の一の断面図二枚が作成されたこと、原告は、本件土地を他に転売しようとして、本件現況調査報告書及び本件評価書の記載の誤りを認識する前にこの測量を依頼したこと及びその費用として一一万円を支出したことが認められ、この認定を覆すに足りる証拠はない。

右の認定事実によると、本件土地の測量は、土地の転売の準備としてされたと認めるのが相当であるところ、土地を売買するに当たって売主が事前に測量をすることは通常ではないから、本件における原告による本件土地の測量費用の支出が甲野執行官及び被告乙山の過失行為と相当因果関係にある損害とは認められない。

八過失相殺

前述したように、原告の夫吉近も、本件土地の法面部分の傾斜角度が四五度に満たない程度のものとは認識していたのであるから、吉近あるいは原告がその認識から本件現況調査報告書及び本件評価書の本件土地の形状の記載が著しく誤っていることに気付く可能性はあったのに、原告が本件現況調査報告書及び本件評価書の本件土地の形状の記載を慎重に検討することを怠ったためにそれに気付かなかったことが認められるので、原告側にも賠償額を斟酌する際に考慮すべき過失があったと認めざるをえない。

そして、執行裁判所は、競売の対象とした物件の形状及び時価額等、入札を行おうとする者にとって必要な情報を正確に提供すべき立場にあること、したがって、原告のような一般の競売参加者が現況調査報告書及び評価書の記載を信頼することにやむをえない点があることなどにかんがみると、甲野執行官及び被告乙山の過失の方が原告側の過失に比べ相当重大であると考えるべきであり、原告側の過失の割合は約三三パーセントとすべきである。

よって、過失相殺後の被告らの賠償すべき損害額は、一三〇万円と算定すべきである。

九弁護士費用 二〇万円

弁論の全趣旨によれば、原告が、平成二年八月一日、原告訴訟代理人らに本件訴訟の提起・追行を委任したこと及びその費用及び報酬として四〇万円の支払を原告訴訟代理人らに約したことが認められるところ、本件事案の性質、事件の経過、認容額にかんがみると、被告らに対して賠償を求めうる弁護士費用として二〇万円が相当と認めるべきである。

一〇結論

以上の次第で、被告らは各自、原告に対し、不法行為に基づく損害賠償として一五〇万円及びこれに対する被告国については不法行為日の後である甲事件の訴状送達の日である平成三年八月一七日から、被告乙山については不法行為日の後である乙事件の訴状送達日である平成四年一一月二七日から支払済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務があるから、原告の本件各請求は、右の限度で理由があるからこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担について民訴法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言及びその免脱について同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官大出晃之 裁判官菅野博之 裁判官寺西和史)

別紙物件目録

所在 札幌市南区簾舞

地番 三一八番六七

地目 原野

地積 一七六平方メートル

別紙断面図1〜3〈省略〉

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